このコラムでは、AI Worldで印象に残った「暗黙知」と、AI Ready Dataの考え方の関係を整理します。生成AI活用において、データを集めるだけでなく、AIが活用できる状態に整えることの重要性を考察します。
はじめに:出展者兼来場者としてAI Worldに参加


2026年7月、幕張メッセで開催された「AI World 2026 夏 東京」に参加しました。今回は出展者として自社ブース対応を行いながら、来場者としても複数の展示を見学しました。
「AI World 2026 夏 東京」は、ビジネス変革・業務効率化を加速する最新のAIソリューションが集まる展示会です。2026年7月22日から24日までの3日間、幕張メッセ4〜7ホールで開催されました。
展示会は、AI業務改革 EXPO、AI開発技術展、AI人材育成 EXPO、AIセキュリティ・ガバナンス EXPOの4つの専門展で構成され、DX 総合EXPO、ビジネスイノベーション Japanも併催されていました。生成AIやAIエージェント、チャットボット、機械学習、画像・音声認識、自然言語処理など、企業の業務改革や生産性向上を支援する幅広いソリューションが紹介されていました。
会場では、生成AIの活用が「試してみる」段階から、業務プロセスに組み込む段階へ進みつつあることを示す展示も多く見られました。
本記事では、当日印象に残った「暗黙知」というキーワードと、展示会後に振り返る中で見えてきた「AI Ready Data」との関係について整理します。
会場で印象に残ったテーマ:「暗黙知」
ブースを回る中で、特に印象に残ったのが「暗黙知」というキーワードです。
暗黙知とは、マニュアルや設計書のように明文化されてはいないものの、経験者の判断や日々の業務の中に蓄積されている知識を指します。例えば、「この場合は誰に確認すべきか」「過去に似た判断をした背景は何か」「なぜその対応方針になったのか」といった情報は、業務上は重要であっても、ドキュメントとして残りにくいものです。
会場では、こうした暗黙知を社内質問、会議記録、社員の回答、熟練者の経験などから収集し、AIが扱える形に整えようとする展示が複数見られました。単なるFAQ検索やチャットボットではなく、「組織の中に埋もれている知識を、どう扱える形にするか」というテーマが背景にあるように感じました。

展示から見えた暗黙知活用のアプローチ
質問回答を通じたナレッジ蓄積
一つ目は、社員からの質問と回答を通じてナレッジを蓄積するアプローチです。若手社員が社内システムに質問し、既存ナレッジがあればAIが回答し、AIが既存ナレッジから回答できない場合は詳しい社員が回答する。その内容を新たなナレッジとして蓄積する、いわば社内版の知恵袋のような仕組みです。
この方法は、業務の中で自然に発生する質問を起点にできるため、暗黙知を無理なく収集する方法として現実的です。特に、これまでに私が経験してきた、社内チャット上での「質問と回答のやり取り」を振り返ると、そのやり取り自体をナレッジとして残せることには大きな価値があります。
会議内容のナレッジ化
二つ目は、会議内容をリアルタイムで文字起こしし、議事録化したうえでナレッジとして活用するアプローチです。
会議では、結論だけでなく、その結論に至るまでの背景や前後の文脈が重要になることがあります。しかし実際には、「どの会議で決まったのか」「なぜその判断になったのか」は後から追いづらくなりがちです。
会議内容を検索可能な形で蓄積できれば、意思決定の背景を後から確認しやすくなります。これは単なる議事録作成の効率化ではなく、組織の判断プロセスをナレッジとして残す取り組みと言えます。
熟練者の経験・判断の継承
三つ目は、熟練者や意思決定層の経験、判断傾向をAIで再現しようとするアプローチです。FAQや文書検索のように情報を集約するだけでなく、人が持つ経験や判断の傾向を扱おうとする点で、暗黙知活用のより踏み込んだ取り組みです。
一方で、人の経験や判断傾向をAIで再現する場合は、便利さと同時に慎重さも必要です。暗黙知を扱ううえでは、技術的に実現できるかだけでなく、利用者が納得して使えるか、どこまでAIに委ねるべきかという観点も重要になります。
展示を通じて見えた、暗黙知とAI活用の接点
展示を振り返ると、暗黙知活用は概念的な取り組みにとどまらず、具体的な業務領域にも広がり始めているようです。
例えば、問題管理、インシデント管理、変更管理、プロジェクト計画書作成支援といった場面では、暗黙知をAI活用につなげようとする例が挙がっていました。
これらは、単に社内文書を検索できるようにするだけの取り組みではありません。熟練者がどのような観点で問題を切り分けるのか、どの情報を確認して初動対応を判断するのか、プロジェクト計画書を作成する際に何を重視するのかといった、業務経験に基づく知見や判断をAIが扱えるようにする取り組みです。
特に、プロジェクト計画書作成支援は、暗黙知の活用先を考えるうえで具体的な例の一つです。計画書には、記載すべき項目だけでなく、リスクの見方、体制の考え方、進め方の判断など、経験者でなければ判断しづらい要素が含まれます。こうした知見をAIが参照できるようにすることで、暗黙知を業務支援に活用するイメージがより具体化されます。
展示内容を振り返ると、暗黙知を集めることに加え、それを「AIが活用できる状態へ整えること」が共通の課題として浮かび上がります。この視点は、当社が取り組むAI Ready Dataの考え方とも重なります。
一方で、こうした知見は、AIに取り込むだけですぐに活用できるわけではありません。実際にAIが業務支援に使える状態にするには、さらに別の難しさがあります。
暗黙知をAI活用できる形へ整備する難しさ

暗黙知をAIで活用するには、まず何らかの形でデータ化する必要があります。人の頭の中にある判断や、会議の中で共有された前提、過去の経験からくる勘所は、そのままではAIが扱うことができません。
しかし、暗黙知はデータ化すれば終わりではありません。熟練者の知識や判断を蓄積したとしても、人や案件によって判断基準や前提が異なることがあります。同じような事象でも、状況によって優先すべき観点が変わる場合もあります。
例えば、プロジェクト計画書を作成する場合でも、どのリスクを先に見るのか、どの体制を妥当と判断するのか、どの粒度で計画を立てるのかは、人や案件によって異なります。こうした判断をAIが参照できる形にするには、単に過去資料や経験者のコメントを集めるだけでは不十分です。
暗黙知をAIが扱える状態にするには、まず情報を分類し、粒度をそろえ、必要に応じて標準化や構造化を行う必要があります。会議記録、問い合わせ履歴、設計判断、過去案件の情報が、それぞれ異なる形式や粒度で残っている状態では、AIが一貫した判断材料として参照しにくくなります。
そのうえで、情報の意味付けや重要度の整理が必要になります。どの情報が決定事項なのか、どの情報が参考意見なのか、どの知見を優先して参照すべきなのかを整理し、業務や利用目的に合わせてAIが参照しやすい形へ調整していくことが求められます。
この点で、暗黙知活用の難しさは、「知識が存在しないこと」ではありません。むしろ、存在している知識や判断を、AIが使える状態に整えることにあります。
AI Ready Dataとして整えるために必要なこと
この「AIが使える状態に整える」という考え方は、AI Ready Dataの考え方とつながります。
では、暗黙知や業務知識をAI Ready Dataとして整えるには、どのような観点が必要なのでしょうか。例えば、会議記録であれば、どの発言が決定事項なのか、どの発言が検討中の論点なのか、どの業務領域や過去案件と関係するのかを整理する必要があります。問い合わせ履歴であれば、質問内容と回答だけでなく、対象システム、発生した背景、再利用できる確認観点などを紐付けることが重要になります。
プロジェクト計画書作成を支援する場合も同様です。過去の計画書を保存しておくだけでは十分ではありません。計画書、リスク、体制、スケジュール、課題、レビュー指摘、過去案件といった情報が、どのように関係しているのかを整理する必要があります。
例えば、「リスクは計画書に含まれる」「レビュー指摘は設計判断に影響する」「過去案件の対応履歴は類似リスクの判断材料になる」といった関係を定義しておくことで、AIは単なる文字列ではなく、業務上のつながりを手がかりに情報を参照しやすくなります。

このように、業務で使われる用語や概念、その関係性を整理する考え方をオントロジーと呼びます。実務上は、「AIが業務知識の意味とつながりを理解しやすくするための設計図」と捉えると分かりやすいです。
一方で、その考え方に沿って、実際の計画書、レビュー指摘、過去案件、障害対応履歴などをつなげたものがナレッジグラフです。オントロジーが知識の設計図だとすれば、ナレッジグラフは実データをつないだ知識の地図と言えます。
ナレッジグラフを整備すると、AIは「この計画書に似た過去案件はどれか」「このレビュー指摘はどのリスクに関係するか」「この障害対応はどの設計判断と関係するか」といった情報をたどりやすくなります。
つまり、AI Ready Dataは、構造化されたデータを整えるだけの話ではありません。暗黙知や業務知識をAIが活用できる状態にするには、情報を集めるだけでなく、意味付けし、関係性を整理し、AIが参照しやすい知識基盤へ変換していく必要があります。
業務への活用アイデア
これまでBIやデータ活用の文脈では、数値データや業務データを分析しやすい形に整えることが重視されてきました。今回の展示を振り返ると、AI Ready Dataとして整える対象は、そうしたデータだけでなく、会議記録、問い合わせ履歴、設計判断、レビュー指摘、運用ノウハウといった業務知識にも広がると考えられます。
例えば、社員からの質問と回答を蓄積する仕組みがあれば、社内版の知恵袋やFAQとして活用できます。若手社員や新しくプロジェクトに参加したメンバーが、過去の質問や回答を参照できるようになれば、同じ質問を繰り返す負担を減らせます。
また、会議記録を検索可能な形で残しておけば、「いつ、どの会議で、なぜその判断になったのか」を後から確認しやすくなります。これは単なる議事録作成の効率化ではなく、意思決定の背景を組織の知識として残す取り組みです。
例えば、NTTデータ先端技術の発表事例では、プロジェクト計画書の作成といった業務においても、暗黙知を活用できることが示されています。過去に経験者が作成したプロジェクト計画書や、その作成・レビューの過程には、案件ごとの判断、リスクの見方、体制の考え方、レビューで重視される観点などの知見が表れます。こうした過去の計画書や作成時の判断をAIが参照できる状態に整えることで、新たな計画書の作成支援やレビュー観点の補完が可能になります。
障害や問題が発生した際の初動対応にも活用余地があります。過去の対応履歴、ログ、エラー情報、確認観点などをAIが扱える形に整備しておけば、「まず何を確認すべきか」「過去に似た事象があったか」を確認しやすくなります。これは、調査時間の短縮だけでなく、対応品質のばらつきを抑えることにもつながります。
さらに、設計判断やレビュー指摘を蓄積できれば、類似案件に対応する際の参考情報として活用できます。過去にどのような観点で判断したのか、どのような問題が起きたのか、どう対応したのかをAIが参照できるようになれば、属人化しがちな業務ノウハウを組織全体で活用しやすくなります。
これらの活用は、単なる検索効率化だけではありません。特定の有識者へ依存していた知識や判断を組織全体で活用できるようにすることで、属人化の解消や人材育成にもつながります。
こうした取り組みは、いきなり大規模に始める必要はありません。まずは、社内FAQ、問い合わせ履歴、会議記録、特定プロジェクトの設計判断など、範囲を絞って蓄積し、AIが参照できる状態に整えていくことが現実的です。
今後のAI活用では、データ基盤だけでなく、組織に散在する知識をAIが扱える形に整える「知識基盤」の整備もより重要になるでしょう。
おわりに:AI活用の鍵は、AIの外側にある
今回のAI Worldでは、AIエージェントや業務自動化など、さまざまな展示を見ることができました。その中で改めて見えてきたのは、暗黙知をAIが扱える形に整えることが、業務活用の前提になりつつあるという点です。
AIが業務を支援するためには、業務の中で使われている判断、経験、前提、ノウハウを、AIが扱える状態に整える必要があります。暗黙知の活用は、その重要性を分かりやすく示すテーマです。
実際に、会議記録、問い合わせ履歴、設計判断、対応履歴といった業務知識をAIが扱える形に整えようとする取り組みは進み始めています。これらは、単なる情報管理ではなく、組織の知識をAIで活用するための知識基盤づくりです。
AI活用の鍵は、AIそのものだけではなく、知識やデータをどのような状態でAIに提供できるかにあります。今回の展示会は、AI Ready Dataの重要性を改めて実感する機会になりました。
NTTデータ ニューソンとしても、AI Ready Dataの整備を通じて、構造化データだけでなく、こうした業務知識をAIが扱える状態へ整える支援を進めてまいります。
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